我慢は美徳?:「やりたいことが分からない子」をつくる脳科学的理由

「我慢は美徳」
「我慢できる子はえらい」
小さい頃にそう言われていた
お母さん・お父さんは多いです。
今回は、そんなことから
本当は子どもの自主性を育てたいのに
「やりたいことが分からない子」に
なってしまうループから
抜け出すことについてです!
子どもには自主性をもって
自分らしく生きて欲しいと思っています。
でも、
小さい頃から何度も繰り返されたことって
無意識の奥の方に
しっかり刷り込まれちゃいますから
ついそれを自分でも
やっていることもありますね 😐
ちゃんと自己主張ができることが
大事になると思っています。
確かに、進路選択でも
「やりたいことが分かりません」
というご相談は以前からよくあります。
これは私が「我慢しなさい」って
何度も言ってきたからじゃないかと思っています。
そして私自身も変な我慢をして
後で後悔することがあるのにも
気づきました。
もちろん、自己表現しても
礼儀や配慮も失いたくないという
思いもあります。
私も子どもも
しなくていい我慢はやめて
必要な自己表現ができるようになりたいです。
それはとても素敵ですね 🙂
ではご一緒に
「我慢は美徳か?」ということや
そこから抜け出すコツについて
見てみましょう
目次
「我慢」が思春期の身体・心・頭から奪っていくもの
泣きたいのを我慢した。
言いたいことを飲み込んだ。
空気を読んで、自分の意見より周りに合わせた。
そうやって「いい子」として
褒められてきた今の大人には
「我慢は美徳」という価値観が
すっかり染み込んでいても当然です。
だからこそ、自分の子どもにも
つい同じ言葉がでてします。
「それくらい我慢したら?」
「わがまま言わないの」
本当は「自分で考えて
自分の意見を言える子になってほしい」
と思っているのに
気づけば正反対のことを言ってしまっている。。
それに気づいた時が
変わるチャンスです!
実際、今は進路でも
親の世代より選択肢が格段に増えました。
大学の学部、職業の種類、働き方のスタイル。
それに「自由に自分の意見を言いなさい」
「自分の考えを書きなさい」という
テストや面接も増える一方です。
自由に選べる時代になったはずなのに
「自由に選んでいいよ」と
言われた瞬間にフリーズしてしまう。
もしそんな状態ならば
それは、選択肢の問題ではありません。
「自分が何を感じているか」に
アクセスできなくなっていることが原因です。
脳科学の視点からですと
我慢を繰り返し強いられた脳は
本能や欲求を司る領域が
慢性的に抑圧された状態になります。
すると、「楽しい」
「やってみたい」「これは嫌だ」
という自分の感情の信号そのものが
出ても感知されない状態が続きます。
つまり誰にでも、何かの刺激を受けたら
「好きか嫌いか」
「安全か、危険か」
「もっと欲しいか、避けたいか」
などの反射が起こっているのに
それを自分で掴めなくなるのです。
感情が分からなければ
自分が本当に望んでいることも分かりません。
感覚が分からなければ
危険か快適かもわかりません。
そうなった子どもは
自分の内側の声ではなく
「正しいとされていること」
「周りがやっていること」
「誰かが決めたこと」
に従うしかなくなります。
しかし、「正しいとされていること」
「周りやっていること」
「誰かが決めたこと」は
場所と時間が変われば変わります。
自分が頼りにしていた(依存していた)ことや人が
変わってしまうことで
その子自身が崩れてしまうこともあるのです 😯
そしてこの影響は、進路だけにとどまりません。
自分の身体の感覚にも繋がれなくなれば
「疲れた」「どこか痛い」
という身体のサインを
うまく受け取れないので
自分の限界を超えても気づきません。
何かのお困りに耐えきれなくなって
例えば病院に行ったとしても
すでに病状がかなり進行していた・・
残念ながら
そんなケースも珍しくないのです 😐
そしてもう一つ、とても大事なのに
見落とされがちな影響があります。
それは
自分の気持ちが分からない子は
他人の気持ちにも気づけないことです。
自分の痛みに鈍感な人は
他人の痛みにも鈍感になります。
それは意地悪だからではなく
感じ取るセンサーそのものが
鈍ってしまっているからなんです。
また、人は
「自分に禁じていることをやっている人を嫌悪する」
という側面があります。
つまり、自分に
「気持ちや感覚に正直に生きる」ことを禁じていると
そういう風にしている人に
怒りを持つようになるのです。
これは相手からすれば
言いがかりにすぎません。
「ただ気に食わない」だけですから。。
つまり、「我慢は美徳」信仰は
友人関係やパートナーシップなど
将来にわたる人間関係の土台にまで
影響が及ぶ可能性があるのです。
「我慢できる子はえらい」。
その一言の裏側に
これだけのリスクが潜んでいることを
私たち大人はあまり教わってきませんでした。
「やりたいことが分からない」
そんな時には、その根っこにあるものを
見直してみるのがおすすめです。
身体にも心にも
そして就活や人間関係にも影響があるんですね!
そこまで考えたことはなかったです💦
15歳にフランスで、私の「当たり前」が崩れた日
はい、ここまで書いてきていますが
私自身もかつては
「我慢は美徳」を疑ったことがなかったんです 😳
それが揺らいだのは15歳の時です。
家族と一緒に
フランス・パリで暮らすことになった私は
教室で衝撃を受けました。
授業中、生徒たちが先生に対しても
自分の意見を率直にぶつけていたのです。
しかも、お互いの意見が食い違っても誰も怒らない 😯
先生も生徒の言葉に真剣に耳を傾けて
生徒同士もお互いの「違い」を
当たり前のものとして受け止めていました。
それまでは
「自分の考えを言う」ことと
「和を乱す」ことは
私の中では同じ意味だったんです。
周りの空気を読んで
大人が望む答えを察して
それに合わせる。
それが正しい振る舞いだと
信じていた私にとって
目の前の光景は別世界でした。
さらに、同級生たちは自己主張だけでなく
おしゃれにもそれぞれの「自分らしさ」が
はっきりと表れていました。
誰かの真似ではなく
自分で選び取ったスタイルを持っている。
「個性的」が誉め言葉だと
納得しました 🙂
本当に素敵で、眩しかったんです。
そして同時に、自分がいかに
「周りに合わせること」を
無意識でやっていたのかと気づきました。
そのとき感じた衝撃が
私が「子どもの自己表現」という
テーマに向き合う原点になっています。
「うちの子のほうが上手なのに」──ある親御さんの胸が締めつけられた瞬間
これは、私の講座の参加者さんのお話です。
お子さんが所属する部活での出来事でした。
ある子が「これがやりたい!」と
決して上手とは言えないのに
堂々と手を挙げて自己主張していた姿が
試合を応援に行った時に目に留まりました。
そして指導者もその積極性を受け入れて
その子にチャンスを与えたのです。
その時、思わずご自分のお子さんを見たら
黙って、うつむいていたそうです。
お子さんは技術的にはその手を挙げた子より
ずっと上手だったそうです。
それはみんなが認めるところだったので
きっと本当はやりたかったはずだ、と
親御さんは思いました。
でもお子さんは何も言わなかった。。
そして。家に帰ってからも
文句を言うわけでもなく
悔しいと泣くわけでもなく・・
ただいつもよりほんの少し
元気がなかっただけだったそうです。
「どうして、やりたいって言えないの?」
「あなたの方が上手なのに。なぜ我慢してしまうの?」
胸が締め付けられるような痛みと、もどかしさ。
しかし、一番辛かったのは
「この子に、波風を立てず我慢することを強いてきたのは、私かも……」
と思ったことでした。
お母さんは本当に胸が締め付けられて
苦しかったと話してくれました。
悔しいと言えないのではなく
悔しいという感情に
自分でたどり着けなくなっているのかもしれない。
「我慢できてえらいね」と
何度か言われた結果
「我慢すること」がデフォルトになって
自分の本当の気持ちに気づく回路が
細くなってしまっているのかもしれない。
お母さんはここから本気で
無意識でやっていたことも含めて
お子さんへの関りを変える決心をされたそうです。
まじめでいい子
我慢強い子になってくれたと思っていたけれど
その裏に隠されてしまった自分らしさを
取り戻して表現できるようになってほしい、と
心を込めて語られていました。
(もちろん、今では
お子さんもお母さんも
必要な時には明るく自己表現ができるようになっています!)
そんな思いを抱えていた方がいらしたんですね
今はのびのびとされていると聞いて
私も希望が持てす!
「気づいた今」が、変わるタイミング
ここまで読んで、「うちの子、大丈夫かな」と
不安になった方もいるかもしれません。
または
「自分がそうしてきたのかもしれない」と
ご自身を責めそうになった方もいるかもしれません。
でも、ご自分を責める必要はまったくありません。
なぜなら、「我慢は美徳」という教育を
受けてきた親御さんが
我が子にも同じことを伝えてしまうのは
ある意味当然のことだからです。
人は、自分が経験した方法が
行動や考え方のベースになります。
ただ、他のやり方を知らなかっただけなのです。
あなたがお子さんを愛していて
より良い未来を手渡したいと
思っていらっしゃるからこそ
今気づいて、その痛みに直面しているのです。
大事なのは、気づいた今、どうするかです 😉
親子で「我慢」を手放して、共に成長していくために
では、染み付いた「我慢の癖」を手放して
子どもが自然と自己主張できるように
ご家庭でできることは何でしょうか
大切なのは、子どもに
「もっと自分の意見を言いなさい」と
頭(思考)で要求することではないですね 😉
ここでは、家で自然にできるヒントを
いくつかご紹介します
まずは親である私たちが
自分の感覚を取り戻すことからがスタートです 🙂
「我慢を手放す」といっても
自分勝手になるのとは違います。
①親御さん自身が
自分の「身体のサイン」や「感情」を
無視しないで気づくところからがおすすめです。
例えば、こんな日常のシーンから変えてみましょう。
仕事や家事でヘトヘトに疲れている夕方。
かつてのあなたなら
「母親なんだから
家族のためにちゃんと夕食を作らなきゃ」と
自分の身体の悲鳴を無視して
キッチンに立っていたかもしれません。
でも今日からは、その我慢を手放してみましょう。
まずは自分の「疲れた」という体感覚を素直に受け止めます。
それが
「結構重いな。今ケアした方がいいみたい」
と感じられた時には
「まだ我慢できるか?」ではなく
家族にも口に出してみます。
「今日はね、お母さん、身体がすごく疲れていて
お料理をするパワーが残っていないの。
だから、夕食はお惣菜や簡単なものにしちゃうね?」とか
「手伝ってくれる?」など。
簡単なものでも大丈夫!
栄養のポイントさえ押さえれば
成長期の子どもをサポートすることができます。
(当カレッジの栄養指導でも
毎日の食事はポイントだけ押さていれば大OKです)
親が自分の「身体の状態」に気づいて
「休みたいという感情」を認めて
「どうしたいかを言葉(思考)にする」
「手伝って」と言えることも大事ですね
このプロセスを自然にやってみせることが
子どもにとって何より説得力のある
「健全な自己主張のロールモデル」になります。
「あ、疲れた時は我慢せずに
言葉にして助けを求めていいんだ」と
子どもは肌で学びます。
もちろん、「疲れているけれど
今日はやれそう」と感じた時には
ご自分の範囲でやるのも
お子さんへの良いロールモデルになります!
他にも例えば、テレビを一緒に観ていて
感動するシーンがあったら
「お母さん、今のシーンちょっとグッときちゃった」
と言ってみるのもいいですね。
仕事で疲れた日は
「今日はちょっと疲れたな」と正直に言ってみるのも!
大げさなことでなくていいのです 🙂
親が自分の感情や感覚に
「名前をつけて、声に出す」姿を
日常的に見せることで
子どもは「感じる足り、表現することは
恥ずかしいことじゃない」と
言葉ではなく空気で学んでいきます。
我慢が美徳の環境で育った親御さんは
子どもの前で自分の感情を
見せることにも抵抗がある方が多いです。
でも、子どもは親の姿を見て
「自分の感情や感覚を表現していいんだ」と学びます。
仕事や家事、勉強に
頑張っている姿を見せるのと同じくらい
子どもにとっては大事な学びになります。
多少疲れていても弱音を吐かずに我慢する姿を見せることが
子どもへの教育にもなるという思いが強かったです。
そんな風に染みついていたんですね
頑張り屋さんのお母さんは
我慢できる範囲が広いですもんね
②子どもの「小さなNO」をつぶさない
「塾に行きたくない」
「それはちょっと嫌だ」
お子さんがぽつりと漏らす
小さな拒否のサインってありますね。
もしかしたらそんな時にはすぐに
「わがまま言わないの」
「みんなやってるでしょ」と
返していたかもしれません。
もちろん、子どものすべてのNOを通す必要はありません。
ただ、「そっか、嫌だったんだね」と
まずそのまま一度受け止める。
それが一番始めにあることが大事です。
理由を問い詰めたり
すぐに解決しようとしなくても大丈夫!
「家では、NOと言っても大丈夫なんだ」
その安心感が積み重なったとき
子どもは
「行きたくない」「嫌だ」という気分の裏にある
自分の本当の気持ちを探しに行けるようになります 😉
③「どっちでもいいよ」へ「あなたはどうしたい?」と聞く
例えば、夕飯のメニューで
「今日、カレーとパスタどっちがいい?」と聞いて
お子さんが「どっちでもいい」と答えることってありますね。
そんな時には
「じゃあカレーね」とそのまま流していたりしませんか?
この「どっちでもいい」は
本当にどちらでもいいのではなく
自分の望みを表明することに
慣れていないサインかもしれません。
そんな時は、たまには
「どっちかと言えば、どっちの方がいい?」と
もう一歩だけ踏み込んでみるのもおすすめです。
「相手に決めさせようとしている」のではなく
「あなたの気持ちを聞きたい」
という思いが伝わればOKです。
④子どもの感情・感覚に言葉をかける
例えば、先ほどの部活のお母さんの事例のような場合なら
「どうしてやりたいって言わなかったの!」
と、正論(頭・思考)で抑え込むのは逆効果です。
子どもは自分の感情や感覚を拾えていなくても
そこには感情も感覚もあるからです。
まずは、子どもの身体と感情に
さらっと言葉をかけます
「今日は身体が疲れているように見えるね(身体)」
「ちょっと元気がないように見えるけど大丈夫?
話したくなければ無理に話さなくていいよ(感情)」
感覚や感情への言葉をかけられると
子どもの意識がそちらに一瞬でも繋がります。
そうすることで
「本当はね、私もあれをやりたかったんだ……」と
自分の奥底にある想いを言葉にすることが
できるようになることもあります。
(焦らないでくださいね)
「我慢させるのをやめよう」と頭では分かっても
長年染みついた行動や言葉がけの習慣は
決意だけでは変わりません。
ましてや自分のことではなく
子どもという他人を変えるには
ポイントを押さえた関わり方が必要です。
いきなり家庭のすべてを
っくり返す必要はありません。
大切なのは、日常の中のほんの小さな場面から
ちょっとずつ変えていくことです。
もっと本格的に変えたい
受験や進路選択まで時間がない・・
そんな場合には、講座や継続セッションで
個別にご相談くださいね
あなたとお子さんに合うステップを
ご紹介します。
わがままへの対応:我慢させるよりも成長させましょう
「我慢しなさい」を使わないとすると
わがままへの対応はどうしたらいいの?と
悩んでしまう方もいらっしゃるかもしれません。
ここは「我慢を覚えさせる」のではなく
「礼儀や配慮も失わずに自己表現ができるようになる」
「成長させるチャンス」にしちゃいましょう!
子どもの主張を「わがまま」だと思うのは
どんな時でしょうか?
ルールや周りの環境への配慮がなく
自分の気分だけを主張している状況が多いですね。
そういう時には
「わがままを言わないで
我慢しなさい!」というよりも
先ほどの
②子どもの「小さなNO」をつぶさないへの対応と
同じにするのがお勧めです。
つまり、最初は
「~~したいのね」とか
「~~したくないのね」と
そのまま自己表現していることを受け取ります。
相手が言ってることを
聞いたよ、ということは
内容にOKを言うことではないので
そこは安心して堂々と伝えてくださいね
そして、次には
「なぜそう思うのか?」と尋ねます。
それが答えにくいようでしたら
「では、どうしたいのか」や
「どうだったらいいの?」と尋ねます。
ここまでくると子どもは
自分の感情や感覚と繋がらざるを得ません。
それができたら
ルールや周りへの配慮ができているのかも
考えられるようになります。
一方、今で「嫌だ」「我慢しなさい」だけの
やり取りだった場合には
ここから先、子どもがうまく
自分の感情や感覚を言葉にするのが難しい場合もあります。
そんな時には
「嫌だ」「やりたい」の話にせずに
『じゃあ、理由やどうなりたいのかを
教えてくれたら一緒に考えましょう』
で、一度話を切ります。
少し時間を与えて
子どもが言葉にできれば
その言い分が妥当かどうかを検証することもできますね。
また、言葉にできなければ
相手に伝わらない、という学習のチャンスにもなります。
気分で「行きたくないから」
「嫌だから」レベルで終わらせない。
「我慢しなさい」は
ただ相手の気分を否定するだけなので
子どもには
感情や感覚を否定されたという思いしか
残らなくなります。
恨みや不満しか育たないので
もったいないですね。
でもこうやって
自分の「気分の理由」を探すようにしていけば
やがて子どもは一人でも
自分の感情や感覚につながれるようになっていきます。
「我慢しなさい」は
丸っとその感情や感覚を否定するだけなんですね。
むしろ感情や感覚を認める方向にしていけば
子どもも自分の気分の扱い方が分かっていくんですね
はい、そうなんです。
親としては、わがままを言われると
特に忙しい時などは
イラっとしちゃいますよね
ただ、ここでちょっと丁寧に接しておけば
子どもがわがままを
力で押そうとしてくることはなくなります。
「我慢しなさい」だと
小さい頃にはまだ表面的には
子どもが大人しくなっても
思春期になれば通用しないことも増えてきて
結局手間がかかるようになります。
それに、いつまでも
ルールや周りへの影響への気づきがないのでは
その先、人間関係で困るのは本人なので💦
はい、子どもが自分で自分の気分と
うまく付き合えるようになることは
とても大事な成長です 🙂
これは、
デジタル・ゲーム依存になっている子への
対応も同じです。
当カレッジでは
ただ、デジタルを取り上げるだけでなく
子どもの身体・心・頭に働きかけて
自分から手放せるように関わっていきます。
我慢は美徳?おわりに
もっと自分の意見や感情を
表現できるようになってもらいたい。
そして私も親として
コミュニケーション力を上げたい。
そう思っていましたが
自分のせいかもという罪悪感と
具体的なかかわり方が分からなくて
ずっともやもやしていました。
でも今日はご相談できて
本当にすっきりできました!
子どもの「感じる力」は
適切なアプローチで取り戻すことができます。
また、子どもへの関りを変えることで
私自身が「自分の本当の気持ち」と
向き合い直す練習にもなりそうです。
また、詳しくご相談させてください
♡♡あとがき♡♡
「我慢は美徳」は日常の中に
根深くあるかも知れません。
ただ、これを持っていると
自分が苦しかったり嫌でも
「まだ耐えられる」
「自分さえ我慢すれば」
という思いで毎日を過ごすことにもつながります。
幸せそうじゃないですね。
自分の親が幸せそうでないと
子どもは安心して幸せにはなれません。
だから、子どもに幸せになって欲しいならば
親はまず自分が幸せになることを決めることが大事です。
自分の感情や感覚で
人を動かそうとするのは
もちろん大NGですが
親が自分の身体・心・頭を
大切にしている姿を見ている子どもは
自分自身を大切にするようになります。
身体の感覚、心の気持ち、頭の思考
それらはすべてつながっています。
頭だけに切り離されて
「正しさ」だけで生きていこうとしても
どこかで無理が生じます。
ぜひ、思いっきり心地よく
幸せで楽しい日々を送ろう!と
親御さんから決めてくださいね
(^^)/
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