思春期の子どもについてもっと知りたいことを
お気軽にこちらから教えてください
幼少期はどんな子だった?本来の気質と環境とその受け止め方のお話し
世にも珍しい?思春期コーチの
子ども時代のお話です 😀
まず今日は思春期になる前の
小さい頃の私について
少しご紹介しますね。
もともとの私は
感情と言葉が豊かで
思ったことはなんでも
素直に言葉にする子だったようです。
かなりおしゃべりだったようで
『少し黙っててもいいわよ』
『考えてから喋ったら?』と
幼稚園の頃に母に言われた記憶があります
えへへ~ (^o^)
幼稚園時代の2年間
父が海外赴任をしたので
愛媛県の祖父母の所で
母と弟と過ごしました。
豊富な自然のなかで
木登りしたり
泉で葉っぱを流したり
友達ともいっぱい遊びました。
想像力と好奇心いっぱいで
毎日がキラキラしてて
とても楽しかったです 🙂
やがて小学校で東京に戻り
字を覚えたので
自分で本を読むようになりました。
この頃買ってもらったのが
「少年少女世界のお話」シリーズです。
「ピノキオ」とか「幸福の王子」とか
「小公女」「小公子」などの
世界の名作が載っているものです。
嬉しくて毎日読んでいたんですが・・・
今思えばストーリーは
「良い子にしてるといいことがある」
「悪いやつは滅びる。正義は勝つ」
みたいなお話ばかりでした 🙄
当時は米ソ冷戦真っ盛り
善と悪が対立して
最後には善が勝つという
ストーリばかりでしたね~
さらに高度成長期だったので
「頑張って皆と努力すると
必ずいいことがある」
というストーリーも盛んでした。
小学時代に流行ったアニメは
巨人の星とアタックNO.1
根性でツライことを乗り越えよう!
皆で頑張れば幸せになる!というお話です 🙂
まだ小学生で素直だった?私は
「良いことをしてれば幸せになる」
「みんなと一緒が大事」
というストーリーを
アタリマエだと思って育ちました。
一方で小学生になってから
私は自分の感情を
素直に表現しないようになっていきました。
ウチの両親は
二人ともかなり感情的だったんです。
今思えば当時30代
3人の子持ちだった両親は
若さのせいか
よく派手な喧嘩をしていました。
喧嘩の内容は覚えていないんですが
親が喧嘩すると
子どもは落ち着かなくなるものですね 🙁
さらに喧嘩の後は
父がしばらくプリプリしてて
母の愚痴を長女の私が聞く・・・
というパターンでした。
真面目だった私は
母の愚痴を聞き流す、
という技を知らなかったので
これがけっこうしんどかったです
(ヽ´ω`)
そこで私が学んだのは
「感情的に振る舞うと
他の人に嫌な思いをさせる」
「怒りの感情は出さないこと」
まあ、小学生だったので
直球の受け止め方なんですが
残念だったのは
「負の感情は出さないこと
我慢するべし」
になっちゃったんですね・・・ 🙁
今の私がついていれば
『負の感情もエネルギーだから
感じていいんだよ
負の感情を感じるのも
「本当はこうしたい」という
プラスの思いがあるからだよ
まわりにぶつける以外にも
負の感情をリリースする方法があるよ』
って、教えてあげられたんですけどね~
(´・ω・`)
まあ、当時の私はけなげ?にも
そう思い込んでしまったんですね。
それで一番残念だったのは
「負の感情を抑えよう
感じないようにしようとすると
自分の全ての感情とのつながりが悪くなる。
それでプラスの感情も感じられなくなる」
ということを知らなかったことなんです
これはこの先
けっこうイタイことにつながってしまいます
((+_+))
当時の東京都三鷹市は
豊かな自然や空き地がありました。
友達と毎日外でも遊んだり
休日には家族で出かけたり。
普通の公立小学生だった私は
そんな内面を持ちながら
思春期になっていきます。
「中学時代」に続きます
(^^)/
追伸:
『くまのプーさん』だけが
勧善懲悪の結末のない
不思議なお話でした。
かなりぶ厚い翻訳本だったんですが
何度も読んでました 😀
「コブタ」「トーラ」「フクロ」
っていう名前でしたよ♡
今週のテーマのブログです
① 思春期コーチ誕生のストーリーその1:思春期コーチの思春期時代
③ 珍しい思春期コーチの、ものすごくぼ~っとした中学時代のお話
④ 花の都パリでショックをたくさん受けたというお話し
⑤ 刺激を受けて気づいたことはもっと育てられる・・・というお話
⑥ 体験は財産になる。財産は磨くとさらに進化する・・というお話
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