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花の都パリでショックをたくさん受けたというお話し:私の思春期

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花の都パリ パリ花の都パリ

「アルセーヌ・ルパン」が
大好きだった私は
ウキウキとパリに行くことになりました。

 

・・・と言いたいところなんですが
パリに行くことが決まったのは
私が中3で、まさに
高校受験の間近でした 😯 

 

渡仏準備であわただしいなか
数校を受験して合格したところに
ご相談に行きました。

そして2年間を休学扱いにすることで
慶応女子校に在籍させていただくことになりました。

 

そんなこんなで
バタバタと卒業式が終わった3月末

もはやフランス語を習う時間もなく
これから先どうなるのかと
考えるヒマもなく!

とにかく私は家族と
パリに住むことになりました☆

 

そして弟と妹は日本人学校に
通うことになったんですが
はて、中学を卒業した私は?

当時は義務教育を終了したら
日本語で学べるところがなかったんです 😯 

 

花の都パリ リセしかし、一人でもいられないので
私は日本大使館から紹介していただいて

フランス語もさっぱりできないのに
リセ・モリエールという
歴史ある女子校のリセで
初めての日本人の生徒になりました 😀 

→ こんな子ばっかのところです

 

まあ、フランス語がさっぱりな私を
面接した校長先生も
よく受け入れてくださったと思います。

それにクラスメートたちも!

みんな、挨拶くらいしかできない私を
いつもニコニコ迎えてくれたのは
とてもありがたかったです。
(*^^*)

 

しかしそこでの生徒っぷりといえば
私が内容的に参加できたのは

体育と数学くらいでした。

 

国語(ってフランス語です!)にも
辞書を片手に参加してましたが
ほとんどお客様状態でした。

英語もフランス語で解説するので
ちんぷんかんぷん・・・

お客様で座り続けるのは
いくら温かい雰囲気の中でも
けっこう精神的にきつかったです 🙁 

 

それに何よりきつかったのは
言葉が十分にできないので
親切にしてくれる友達とも
おしゃべりが中途半端になることでした。

たあいもないおしゃべりでも
気持の発散やつながり感をもてるので
とっても大事なんですね~ 🙄 

 

花の都パリ 応援私が元気がなくなると
母が時々何も言わずに

美術館やお買い物に誘ってくれて
気分転換できたので乗り切っていきました。

夏に3ヶ月も長期休みがあったので
家族と旅行に行けたのも
助かりました。

「こうなったからには
自分で頑張るしかない!」と
思っていましたが
母が私の様子を見てくれたのを
感じられて嬉しかったです
(^^)

 

そんななかでも
数学だけはいい成績だったので

テストが返される時に
名前と点数を先生が呼んでくれて
クラス中から拍手をもらいました。

 

これは仲間として私のことを
認めてくれてるという
温かい応援もあったと思うのですが
私にはかなりのカルチャーショックでした 😯 

日本ではいい成績をとった人に
拍手するなんていう体験がなかったからです。

 

みんな「え~すごい」とか
小声でいうくらいでしたし

いい成績をとった人も
「威張ってる」と思われないように
コソコソするのがアタリマエだと
思ってました。

 

「みんなと一緒がなにより大事」
「良くても目立つのは恥ずかしい」
と思ってたんですね。

花の都パリ 小心者かなり小心者でしたね~、私
(^^;)>

 

この体験から
誰かのステキなところを見つけたら
自分も素直に喜べるし
言葉で伝えることも
できるようになりました 😀 

 

あ、のちには友達のおうちに
お呼ばれしたりもしました。

みんな暖かかったなあ~♡♡

 

「驚くことだらけ」に続きます (^^)/

 

追伸:
体育では平行棒がありました。
そんなのオリンピック選手が
するものだと思ってたので
ぶら下って逆上がりをするだけで
ちょっと嬉しかったです 😀 

 

今週のテーマのブログです
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幼少期の特徴は?本来の気質と環境とその受け止め方のお話し

珍しい思春期コーチの、ものすごくぼ~っとした中学時代のお話

刺激を受けて気づいたことはもっと育てられる・・・というお話
体験は財産になる。財産は磨くとさらに進化する・・というお話

 

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